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ここは、米国に占領されていた敗戦後の日本なのか。そんなことを思わせる事態が、大阪の裁判所で起きている。
在日韓国人の「ヘイト」訴訟
舞台は、大阪府岸和田市の不動産会社「フジ住宅」に勤める在日韓国人の女性パート従業員が同社と同社会長に損害賠償を求めている訴訟だ。従業員側は「職場で特定民族への差別を含む資料を配布され精神的苦痛を受けた」などと主張。1審の大阪地裁堺支部が昨年7月に出した判決は、同社側に110万円の支払いを命じた。従業員・同社側の双方が控訴し、大阪高裁で審理されている。
1審では、裁判所側が、北朝鮮による拉致被害者救出を願う「ブルーリボンバッジ」の着用を入廷者に禁止。日常的に同バッジを着用している同社会長らが、バッジ禁止は「憲法違反」だとして国に損害賠償を求める訴訟になっている。
同社が訴えられた訴訟では、社員に配布された約500件の文書が、従業員側の主張する「ヘイト(特定民族への憎悪・差別)文書」にあたるかが争点の一つとなった。社員教育の一環として配布された産経新聞の記事や雑誌「正論」の掲載論考が多く含まれ、ジャーナリストの櫻井よしこ氏や故渡部昇一氏ら著名識者の文章も複数ある。
秘密検閲との類似
1審判決で理解しがたいのは、配布文書を個別に検討することなく、一括しておおむね以下のように性格づけた点だ。≪領土や歴史認識問題、中国人・企業による日本の土地購入などを主題として、中韓北朝鮮の国家や政府関係者を強く批判▽在日を含む中韓北朝鮮の国籍や民族的出自を有する者、日教組や朝日新聞社を侮辱―などの政治的な意見や論評の表明を主とするもの≫
「強く批判」「侮辱」などと否定的な言葉を使うことで、全文書に「差別性」があるかのような印象を与えている。判決は、そうした文書が「反復継続」して配布されたことで、「韓国の国籍や民族的出自を有する者にとっては著しい侮辱と感じ、その名誉感情を害する」と認定したのだ。
在日韓国人である女性従業員とは関係のないはずの中国や日教組への批判も含め、一括して否定的に性格づけた判決の乱暴さで思い出したのが、日本を占領統治したGHQ(連合国軍総司令部)の検閲だ。
GHQは新聞や雑誌、書物、郵便物、映画などを秘密検閲し、発禁処分や文言削除を繰り返した。「削除または掲載発行禁止の対象」は昭和21年11月には30項目にのぼり、米英などとともに、中国や朝鮮人への批判を禁じていた(江藤淳『閉された言語空間』)。
日教組も、労働組合の結成を奨励するGHQの政策によって20年12月にできた2つの教職員組合(共産党系と旧社会党系)が合体して22年6月に結成された経緯がある。
日の丸バッジも禁止に
控訴審でもGHQの政策は「再現」された。1審同様、ブルーリボンバッジ着用を禁止し、今年4月の第2回口頭弁論からは日の丸のバッジも禁止したのだ。GHQは昭和24年元日まで国旗日の丸の掲揚を原則禁止していた。
GHQによる占領統治下、わが国は主権を喪失していた。訴訟でのブルーリボンバッジ着用禁止が取り上げられた国会の質疑で、政府側は「ブルーリボンは拉致被害者の救出を求める国民運動のシンボル」(今年3月10日の衆院内閣委員会)と答弁した。主権者たる国民全体の思いや願いを形にしたのがブルーリボンバッジだと政府が認定したのだ。
国家国民が主権を喪失していた時代と似通った状況が、なぜ現出したのか。考察を続けていきたい。
筆者:小島新一(産経新聞大阪正論室長)